友達は多くなくてもいい

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年末にスマホに入っていた2年以上連絡を取っていない友達の電話帳を全て消去しました。

果たして、『 友達 』という表記で合っているのか、、、

というのも、ここ最近は身の周りの自分と関わる人間が一部の人たちだけで回っていることに気付いたのです。

学生時代は『友達は多い方がカッコイイ!』という価値観を持っていたので、様々なコミニュティに顔を出すようにし、次々と自分の友だちを増やしていくということをしていました。

そういったことを繰り返し、“知り合った人=友達”という認識でどんどん『友達』という人たちを増やしていきました。

電話帳もその都度、どんどん増えていきました。

しかし、社会人になり働くようにもなると、職業も業種も違えば空く時間も違ってきます。

特に、僕なんかは美容師というバリバリのサービス業。

時間なんか合うワケがありません。

学生時代の時は時間と体力がありましたので、多少の無理をしてでも会っては遊び呆けてました。

でも、社会人ともなると相手に時間を合わせるのが中々難しくなってきます。

まず勤務形態や時間が違ったり、さらに転勤や異動で地方や都心部など離れた場所に住んでいたりします。

そういった要因が重なり、学生時代にはたくさん居た友人たちも2、3年社会人をすると全くと言っていいほど、会わなくなります。

そしてある日、自分のスマホの着信の履歴を見てあることに気付きます。

一部の人たちの名前ばかり

ここ最近の着信履歴を見てみたら、ほぼ同じ友達の名前しか表示されていなかった。

そこで僕は悟りました。

『友達』と呼べる人は、時間の合わない環境同士だったとしても時間を作って自分に会いに来てくれる人のこと

僕は中二の時には既に「美容師になる!」と周りに公言をしていたので、僕のが何しているかなんてのはほとんどの人が知っていること。

その時々で、「じゃあ、切れるようになったらカットしてね!」と約束はするものの、実際に来た人は何人いるんだ?という話。

「会おう」と思えば、髪を切りに行くという理由で会いに来れるのに、来る人と来ない人がいる。

だから、時間が合わなくても髪を切りに会いに来たりと自分に会いに来てくれる友達こそが“真の友達”なんだと気付きました。

友達の中にもランクがある

友達というのは大きなくくりとして、実は大きく3つに分けることができます。

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友達は上記の【知人・友人・親友】をまとめて呼んでいる言葉なんです

みなさんにも自分の心に問いただして欲しいのが、あなたの『友達』と思っている人はどこに当てはまりますか?ということです。

友達は多くなくてもいい

友達が多いことに決しては悪いことではない。

むしろ良いことだと思います。

ただ、先ほども述べたように知人がやたらと多くてもしょうがない。

僕はどちらかと言うと、

親友を作ることこそが重要なんじゃないか?と考えています。

親友になるには、いろいろな経験や一緒の時間を共有したことで親友という立場が確立する思います。

そうなると、必然的に多くの時間を要することになるので、たくさんの親友を作るのは難しくなる

きっと作れても、せいぜい10人前後が限界だと思う。

個人的親友の定義

自分の身に何か災いや不幸が降りかかった時に、時間を作ってでも助けに来てくれる人

が、“真の友達=親友”なんだと思います。

冒頭で「電話帳を消去した」とお話ししましたが、もしうっかり友人や親友の連絡先を消してしまったとしても、実は何も焦る必要はありません。

なぜなら、、、

親友ならばまた何かしらの方法で絶対に繋がる

SNSで時々「携帯を水没させてしまって連絡先が分かりませーん」といった投稿を見かけたことはありませんか?

実はコレ、試されているんです。

連絡先をその人に送るのか送らないのか?』を。

水没させてしまった人は、確実と言っていいほど連絡先は減ります。

しかし、減る代わりに親友を見極めることにもなります。

それが、良いのか悪いのかの判断は本人の価値観にお任せします。

人って意外と狭いコミニュティで生きているんです。

心の深いところまで入って来れる人は、ほんの一握りで良いもんなんです。

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